高松高等裁判所 平成元年(行コ)4号 判決 1991年3月29日
控訴人
池田電器株式会社
右代表者代表取締役
池田孝
右訴訟代理人弁護士
末澤誠之
被控訴人
徳島県地方労働委員会
右代表者会長
小川秀一
右指定代理人
藤川健
同
岡部達
同
中川清隆
同
河野平
同
近藤敬子
参加人
全日本金属情報機器労働組合徳島地方本部
(旧名称 徳島県金属器械労働組合)
右代表者執行委員長
金丸忠雄
参加人
全日本金属情報機器労働組合徳島地方本部徳島船井電機支部
(旧名称 徳島県金属器械労働組合徳島船井電機支部)
右代表者執行委員長
武市勉
右参加人ら訴訟代理人弁護士
林伸豪
同
川真田正憲
右当事者間の不当労働行為救済命令取消請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人が昭和六三年一〇月一一日控訴人及び池田電器株式会社破産管財人島田清に対し、申立人参加人全日本金属情報器機労働組合徳島地方本部及び同全日本情報器機労働組合徳島地方本部徳島船井電機支部、被申立人控訴人、同池田電機(ママ)株式会社破産管財人島田清間の徳島地労委昭和六二年(不)第五号不当労働行為救済命令申立事件につきした救済命令は、控訴人との関係でこれを取り消す。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
一 当事者の求めた裁判
1 控訴人
主文同旨
2 被控訴人
(一) 本件控訴を棄却する。
(二) 控訴費用は控訴人の負担とする。
二 控訴人の請求原因
1 被控訴人は前記請求趣旨記載の日時に控訴人に対し、主文記載の事件で、参加人両名の組合(以下「組合ら」又は「参加人ら」といい、全日本情報器機労働組合徳島地方本部を「全情報労」と、全日本情報器機労働組合徳島地方本部船井電器(ママ)支部労働組合を「支部組合」という。)が昭和六二年六月四日付及び同年同月一九日付でした事項(倒産、解雇、再建などの問題)につき誠意をもって団体交渉に応ぜよ。」との救済命令(以下「本件救済命令」という。)を発し、その理由は、被控訴人の答弁1(二)のとおりである。
2 控訴人は昭和六三年一月一九日徳島地方裁判所において破産宣告を受け、破産管財人に島田清が選任され、破産手続中であり、控訴人は昭和六二年五月一一日全従業員を整理解雇した。
3 控訴人の代表者は参加人らと団体交渉をする当事者適格がないから、本件救済命令は違法で取消を免れない。すなわち、
(一) 破産管財人は、破産宣告後の労働関係については、退職金の支払などの清算の対象としての労働関係、及び、破産手続中の暫定的な雇用等破産管理事務の遂行上必要な労働関係を処理し、これによって、使用者と労働者との権利義務ないし法律関係はすべて処理されるものであり、破産会社の代表者は、労働者との権利義務ないし法律関係につき、何ら処分権限を有しない。
(二) 破産会社は法人格の存否、会社組織に関しても当事者適格がなく、強制和議の申立をしたが裁判所によりその申立が却下されて確定しており、右審理で明らかなように破産廃止の申立につき破産債権者の同意を得ることは不可能で、控訴人が破産廃止の申立をする余地がなく、破産会社に将来営業を再開することは全く考えられないので従業員の雇用を継続することはできない。従って、控訴人代表者は事実上従業員の雇用関係に影響を及ぼすべき者には当たらない。
(三) 控訴人は前記2のように支部組合員全員に対し、整理解雇しており、従業員である組合員はいないから、控訴人会社代表者が交渉すべき相手方が全く存在しない。
4 控訴人は、破産債権者の申立により破産宣告を受け、殆ど弁済資力がなく従業員に対する多額の退職金等労働債務があるので、破産廃止について破産債権者の同意を得る見込みは殆どなく、被控訴人のいう破産廃止の申立をすることのできる客観的な可能性が実際上存在しない。このことは、控訴人が昭和六二年五月一二日徳島地方裁判所に和議申立をし、その理由として、控訴人の資産だけでは債務を弁済できないのでその不足分の一部として控訴人代表者である池田孝(以下「池田」という。)個人の資産を和議債権者の支払財源とする旨主張したが、裁判所により、右池田個人の資産では池田個人の債務の弁済にも満たず和議債権の弁済に当てられる可能性がない上、従業員が解雇、事業閉鎖に反対し、会社財産の任意売却の可能性がないとして、その申立が棄却されたものであることからみても明らかである。従って、参加人らと団体交渉をする義務がないのに、それを命じた本件救済命令は違法であり、その取消を求める。
5 そうではないとしても、控訴人は平成元年四月三日組合らとの間で、本件救済命令に従い団体交渉をしたので既にその目的を達したが、本件救済命令が存続すると、控訴人がこれにより将来もなお団体交渉の義務が存在するような外形を呈し、行政事件訴訟法九条括弧書の規定に従いなお処分の取消によって回復すべき法律上の利益があるので、その取消を求める。すなわち、控訴人は本件救済命令前に既に一〇回にわたり組合らと団体交渉を行い、参加人らの求める団体交渉事項に関し、十分にその文書により資料を提出して交渉し、その経営難の実態とそれを打開し会社を存続するには一時帰休等による操業短縮の外に道がないことを縷々説明し、その協力を求めたのに対し、組合らは全くこれに協力しなかったため、遂に破産に至ったものであり、既に組合らの言う団体交渉事項については交渉済であったが、なお、本件救済命令を尊重して、右のとおり団体交渉をした。その席上、組合らの主張は、徳島船井電機株式会社(以下「徳島船井電機」という。)と控訴人との間の営業譲渡は通謀虚偽表示で無効であり、破産者である控訴人が破産廃止の申立をし、従業員全員に対する解雇を撤回し、事業を再開せよ等との要求をしたものであり、控訴人としては、破産廃止の申立をする意思がなく、又、実際にも破産債権者の同意を得ることは困難で、従業員全員の整理解雇は破産宣告があった以上止むを得ないものであり、解雇を撤回する意思がない旨回答しており、そのことは何回団体交渉をしても同様の事情にある。
三 被控訴人の答弁
1(一) 控訴人の請求原因1の事実(本件救済命令の発令及びその理由)は認める。
(二) 本件救済命令は、次の理由に基づきしたもので、適法である。
(1) 控訴人はカーステレオ、カセットラジオ等の電気器具を製造販売し、従業員九三名(昭和六二年五月一一日現在)、総評傘下に参加人全情報労があり、その傘下に参加人支部組合がある。
(2) 徳島船井電機株式会社(以下「徳島船井」という。)は大阪に本社のある船井電機株式会社(以下「船井電機」という。)の全額出資で昭和四一年八月に設立されたが、昭和四七年一一月に会社を解散して従業員全員を整理解雇し、従業員がこれを争っていたが、昭和五〇年一二月一八日徳島地労委昭和四八年(不)第六号事件で船井電機、徳島船井と参加人ら及びその上部組合との間に、船井電機、徳島船井は、両会社で、徳島船井が解雇した従業員を再雇用して徳島船井の事業を再開する旨の和解が成立し(<証拠略>)、徳島船井は右和解に基づき昭和五一年一月から右整理解雇した従業員を再雇用して操業を再開したが、間もなく再倒産した。
(3) 徳島船井は昭和五四年四月控訴人に対し「経営権」を譲渡し、商号も池田電器株式会社と変更し、以後五年間船井電機からの受注を主として営業した。
(4) しかし、控訴人は昭和五九年ころから主としてアメリカの企業からの発注により経営していたが、当時の急激な円高により、部品交換による実質値引き、支払条件の変更による手形割引料金の負担、契約解除後保管中の製品のダンピングなどの種々の問題が出て、昭和六一年ころから経営不振となった。
(5) 参加人支部組合は昭和六一年一二月一日から昭和六二年四月二九日までの間一〇回にわたり控訴人と団体交渉し、会社経営不振の実情の説明、対策につき意見を述べ、控訴人が第一一期、第一二期の各貸借対照表、損益計算書を提示して説明して支部組合の協力を求め、逐次その対策を採ったが経営が好転せず、昭和六二年四月二九日の団体交渉において、人員削減案を、提示して、支部組合も希望退職者の募集、一時帰休による賃金カット等に協力した。しかし、控訴人は、従業員を半数にしなければ経営を再建できない旨述べ支部組合にその協力を求めたが、支部組合はこれに従わず、結局そのころ倒産した。
(6) 控訴人が昭和六二年五月一一日徳島地方裁判所に和議申立をし、同年同月同日全従業員を整理解雇した。しかし、右和議申立は棄却され、整理解雇については訴訟中である。
(7) 参加人らは昭和六二年五月一三日から同年七月二〇日までに五回にわたり会社の経営を再建し解雇を撤回することを要求して控訴人と団体交渉したが、合意に至らなかった。
(8) そのころ債権者から破産申立があり、控訴人が昭和六三年一月一九日徳島地方裁判所で破産宣告を受けた。
(三) 以上の経緯事実によると、
(1) 団体交渉において控訴人がした右の貸借対照表、損益計算書の提示だけでは控訴人が支部組合に対しその経営状況、経理内容につき十分な説明をしたものとはいい難く、どの程度の人員削減が必要か、具体的な経営再建計画の説明がなく、その点につき、控訴人は支部組合と誠意を持って団体交渉したものではない。
(2) 既に控訴人が破産宣告を受けているけれども、控訴人は破産廃止の申立をし経営を再建すべきである。
(3) 右経営再建ができないとしても、控訴人が徳島船井から営業譲渡を受け、その後も引き続き従業員として徳島船井の従業員であった者を継続雇用し、船井電機からの受注を主として営業をしていたが船井電機からの受注が全く無くなったため破産に至ったものであり、このような船井電機との深い関係があるので、控訴人は船井電機に対し整理解雇した従業員を雇用するよう交渉すべきで、その事項についてもその可否につき参加人らと団体交渉すべき義務がある。
以上の理由から、本件救済命令を発したものである。
2 同2の事実(控訴人に対する破産宣告、従業員全員の整理解雇)は認める。
3 同3の主張(控訴人の当事者適格)は争う。破産宣告を受けた控訴人の代表者にもその当事者適格がある。すなわち、参加人らの団体交渉の申し入れ事項の内会社の倒産原因及び再建については、会社の存立ないし組織上の事項で、破産宣告後も会社を存続させる余地があり、破産会社代表者にその権限があるから、破産会社代表者は団体交渉の当事者適格がある。
4 同4の事実(団体交渉の権利義務及び必要性)は争う。その事情は前記1(二)と同一である。
5 同5の事実(本件救済命令の履行)は争う。
四 参加人らの主張
1 控訴人主張1の事実(本件救済命令の発令及びその理由)は認める。
2 同2の事実(控訴人に対する破産宣告、従業員全員の整理解雇)は認めるが、その効力は争う。
3 同3の主張(控訴人の当事者適格)は争う。破産宣告を受けた会社の経営再建は組織に関する事項で破産会社代表者の権限として留保されており、その事業再開の可能性につき従業員は労働関係の点で密接な関係があり、団体交渉でそれに関する意思を表示し経営に反映させる権利を有するから、破産会社の代表者が当事者適格を有する。
4 同4の事実(団体交渉の権利義務及び必要性)は争う。控訴人は、破産廃止の申立をし、事業を再開し、従業員の整理解雇を撤回することができるのにそれに応じないので、その実現のため団体交渉を求めており、被控訴人のした本件救済命令は適法である。すなわち、
(一) 控訴人は、債務者として破産廃止の申立をすればそれが実現する可能性が極めて大であるのに、故意にその申立をしないものである。
(二)(1) 控訴人と徳島船井との間の営業譲渡は通謀虚偽表示で無効である。被控訴人主張の三1(二)(2)の和解は、徳島船井が実態は船井電機の一製造部門であって法人格が否認され船井電機と同一の人格であるのに形式的には別会社であることを利用して徳島船井を解散しその従業員を整理解雇したものであったため、再雇用すべき旨合意したもので、その徳島船井が控訴人に営業譲渡する実質上の理由がなかった。支部組合は昭和五四年一〇月二〇日控訴人との間の徳島地方裁判所昭和五四年(ヨ)代表者一一一号事件の和解で「支部組合員が船井電機とどのような労働協約上の義務又は雇用関係が存するかについての法律上の問題については、控訴人との間で何らの影響を持つものではない。」旨の和解をしており、(<証拠略>)、控訴人も又実質的には徳島船井が経営者であるので、参加人らは控訴人代表者に対し、従業員全員の整理解雇を撤回し事業を再開することを求めて、団体交渉をする必要がある。
(2) そうではないとしても、控訴人は徳島船井からの営業譲渡に伴い、船井電機及び徳島船井と参加人ら間の和解を承継しているので、控訴人は右和解に基づく雇用義務履行として、その従業員全員を船井電機に再雇用させるよう努力する義務があるところ、控訴人はこれを怠っているのでその履行を求めるため団体交渉を要求しているものである。
(3) そうではないとしても、組合支部は従業員の解雇に伴う退職金等の金員請求に関し団体交渉を求める必要がある。
5 同5の事実(本件救済命令の履行)中、控訴人がその主張の日時に本件救済命令に基づく団体交渉に応じたことは認めるが、それで本件救済命令の目的を達したとの事実は否認する。
五 証拠関係は、本件記録中の当審における書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する(略)。
理由
一 控訴人の請求原因1の事実(本件救済命令の発令及びその理由)、同2の事実(控訴人の破産宣告、従業員全員の整理解雇)は当事者間に争いがない。
二 当事者適格について
1 破産宣告を受け破産管財人が選任されて破産手続中である会社の労働に関する権限は、破産手続の進行を前提とする従業員の退職金、一時的な労働者の雇用等については破産管財人に属し、破産管財人が団体交渉の当事者適格を有するので、破産会社の代表者であった者はその殆どの権限を有せず、原則として、団体交渉の当事者適格を有しない。しかし、会社代表者には破産廃止の申立権があり、将来事業を再開する法律上の可能性が全くないわけではなく、それを目標とした再雇用ないし労使関係の経営改善の努力の可能性があるとき、又は、他の企業と親子会社の関係にあり代表者の努力によって整理解雇した従業員をその親会社に雇用させることができるときなどの特別の事情がある場合には、破産会社の代表者も団体交渉の当事者適格を有するものと解するのが相当である。
2 ところで、団体交渉の事項は、権利に基づき直ちにその履行を求める場合に限定されるものではなく、未確定の事項につき使用者及び労働者が交渉の上新たな法律関係、権利関係の労使関係を設ける機能をも有するので、このような労使関係に事実上の効果を及ぼすべき前記特別事情の存否についても又交渉の対象となるというべきであるから、原則として、組合が右の特別事情に関連して団体交渉を求める場合には、破産会社代表者はその限度で団体交渉の当事者適格があるというべきである。
3 このことは、破産会社が破産前に従業員全員を整理解雇していても組合がその解雇の効力を争い係争中であるときは、同様に解すべきである。
4 従って、本件において、控訴人代表者は右説示の理由により当事者適格を有するものであり、この点の控訴人主張は理由がない。
三 団体交渉事項の権利義務について
1 控訴人が支部組合との従前の団体交渉の過程において組合に対し示した破産に至るまでの経営状況の資料が、第一一期、第一二期の決算報告書、貸借対照表だけであり、充分であったとはいえないが、控訴人の人員削減等経営再建に関し資料に基づく説明のための団体交渉は、既に裁判所において破産手続が進行している現在においては、控訴人代表者がそのためだけに今後新たに団体交渉に応ずべき義務はないものというべきであり、この点の被控訴人主張は理由がない。
2 控訴人が破産廃止の申立をするには、破産債権者の同意を要するところ、弁論の全趣旨によると、控訴人は被控訴人代表者個人所有の工場敷地及び建物で約二億円の債務を弁済することを骨子とした和議申立をしたが、裁判所により、池田の個人資産では池田個人の債務の弁済にも満たないので和議債権者の弁済に充てることはできず、従業員が企業を再建し解雇を撤回するよう求めて争訟中であり、会社財産の売却の可能性がないことから、その申立が棄却されており、その後右事情に変更があったことの主張立証もないので、他に破産廃止に関し破産債権者に対する弁済のため提供すべき資産がなく、破産債権者から破産廃止の同意を得ることが殆ど不可能であることが認められるから、その点で控訴人には団体交渉義務がないということができる。
3 各成立に争いのない(証拠略)を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 解散した徳島船井(以下「旧徳島船井」という。)は昭和四〇年ころ徳島県板野郡板野町の工場誘致の優遇措置を受け船井電機が全額出資しいわゆる子会社として設立されたが、昭和四七年一一月会社を解散し、その従業員を整理解雇したため、船井電機、旧徳島船井と参加人ら及び支部組合員らとの間で、解雇撤回に関し紛争となり、前記当事者間に争いのない徳島地労委での和解(旧徳島船井の操業を再開する手続をとり、解雇を撤回しその従業員で操業を開始することとし、船井電機はこれを援助する旨)をした。しかし、実際には、その合意どおりには行われず、徳島船井は一旦その会社の清算手続の結了登記をし(この手続については組合も事前に了承した。)、船井電機の関係では、右和解で合意したことが実行されないままその効力が消滅した。船井電機はその後全額を出資して、新会社として従前と同一商号の徳島船井を設立し、その従業員を再雇用し事業を再開したが、その代表者が従業員から信頼されず、依然労使関係が悪く、従業員から是非とも地元の人を代表者にすることを希望する旨の意見が出され、昭和五三年春季闘争以後の生産率(生産計画に対する生産高の割合)及び製品の品質が低下し、出向社員二人も病気になったため、徳島船井は船井電機の了承の下に営業譲渡を決意するに至った。
(二) 池田は、土木業を営み電器機械の製造販売につき全く知識経験がなかったが徳島地方の政界との結びつきの強い点などが評価され、地域の産業発展のため是非経営を譲り受けて欲しい旨の板野町などの有力者より強く要請されて止むなく、昭和五四年四月ころ徳島船井から営業譲渡を受けた。その譲渡の対価は、親会社である船井電機が所有していた徳島船井の全株式を二〇〇〇万円で譲渡し、徳島船井の資産は、工場の土地、建物、機械設備、一般債権等(以上の合計一億九八〇〇万円)の積極財産の合計を約一億九八〇〇万円と評価し、債務は、事業債務約七一〇〇万円、従業員の整理解雇による退職金債務約五五〇〇万円の債務合計一億二六〇〇万円でこの債務を引受け、その差額七二〇〇万円を支払うこととし、船井電機が控訴人にその経営、技術を円滑に引き継がせるため、二年間に限りその全部を発注して、電器機械の製造に関する賃加工をさせ、右二年間に経営上の損失があった場合その損失を補償する旨約定した。
(三) 右営業譲渡につき、徳島船井は既に全従業員を整理解雇しているのでその退職金を支払うべきところ、その退職金を支払う資力がないので、池田が右(二)のようにその債務約五五〇〇万円を引き受け、右営業譲渡に伴い徳島船井と従業員との労使関係は消滅した。実質上、池田がその営業譲渡を受けた後同族会社である控訴人会社を設立し事業を開始したものであるのに、その会社設立手続をせず、従前の徳島船井の登記を流用して商号変更の手続をしたため、それがその後の労使関係に混乱を招いた。控訴人がその後新たにその従業員を右営業譲渡契約の際の約定に従い雇用したものであり、又、船井電機は支部組合員を含む控訴人の従業員とは雇用関係がなかった。
(四) 控訴人は昭和五四年一〇月二〇日参加人らとの間の徳島地方裁判所昭和五四年(ヨ)第一一一号事件(その事件で、支部組合及びその組合員は、徳島船井と池田ないし控訴人間の営業譲渡は通謀虚偽表示で無効であるとして、控訴人が給与を支払ったのにそれは徳島船井から支給を受けたもので、控訴人からの給与の支払がないので、その支払を求める旨主張した。)の和解で、控訴人が組合員各人に対し、労使紛争期間中の給与月額の八五パーセントを支払うこととした上、「支部組合員が船井電機とどのような労働契約上の義務又は雇用関係が存するかについての法律上の問題については、控訴人との間では何らの影響をもつものではない。」旨合意された。
(五) 船井電機は右(二)の営業譲渡後控訴人の経営、技術の指導のため控訴人会社に社員(従前徳島船井に出向していた四名。その内徳島船井の代表者であった者が控訴人の工場長になった。)を出向させ、営業上は控訴人がその子会社であるような協力形態を採り経営された(もっとも、資本的には、前記(2)のとおり船井電機が所有していた徳島船井の全株式を池田に譲渡しており全く関係がない。)が、右二年間に経営上の損失約三億一八〇〇万円(その中には前記(四)の労使紛争中の経営上の損害を含む。)が生じ、船井電機が約定に従いそれを補償した。しかし、船井電機はその後は控訴人との右子会社に準ずる関係を解消するとの当初の方針に従い、出向社員をその後出向させず、控訴人が自己の努力で受注先を開拓することを条件に、船井電機がその後控訴人に対し三年間に限り発注だけを保障する旨約定し、その後の経営損害は補償しないこととしたが、控訴人はその後も独自の発注先を殆ど開拓できず、営業譲渡を受けてから五年間は右のような船井電機の支配下でその発注に従い電器機械製造の賃加工による経営をした。
(六) 控訴人は、昭和五九年四月ころから船井電機の支配を脱却して独自に受注先を開拓することになった(もっとも、昭和六一年六月ころまでは船井電機からの一部の発注があった。)。しかし、支部組合が前記営業譲渡が無効でその従業員が船井電機及び徳島船井の従業員であって控訴人の従業員ではなくその組合も船井電機及びその傘下の徳島電機の支部組合であるとの立場を固執していたため、国内での注文者らがあったけれどもいずれも控訴人と支部組合との労使紛争による履行遅延等を懸念してその発注者らとの契約が成立せず、主として、アメリカの企業からの発注を受けて操業していたため、急激な円高ドル安の影響を受け、前記争いのない事実のような経緯で倒産した。
(七) 控訴人代表者は倒産後に船井電機に従業員を雇用して欲しい旨の交渉をする目的で連絡したところ、船井電機から会うことを拒絶され、板野町の係員、徳島県の労働部次長などに、控訴人代表者が船井電機の関係者と会えるよう取り計らうことを依頼し、同人らが船井電機の関係者に会いその旨伝えその際控訴人の従業員を雇用する意思の有無をも尋ねたが、いずれもその従業員を雇用する意思がないので会わない旨その申込を拒絶されて、控訴人代表者はその件については船井電機の関係者と会うことさえできない。
(八) しかし、控訴人代表者は平成元年四月三日本件救済命令に従い参加人らと団体交渉し、前記各事情を説明の上、破産廃止の申立の意思がなく、従業員全員に対する整理解雇を撤回することができず、船井電機に対し従業員の雇用につき交渉する意思がないことを明確に告げている。
以上のとおり認められる。
4 前記3認定の事実、前記一1の争いのない事実(ことにその被控訴人の認定した経緯事実)により考察する。
(一) 船井電機及び旧徳島船井と参加人ら間の徳島地労委での前記和解は、旧徳島船井が解散結了により法人格を消滅したのに伴いその効力が消滅したものであり、従って、この和解に基づく船井電機との雇用関係の存続を根拠とする被控訴人の主張は理由がない。
(二) 徳島地方裁判所での前記訴訟上の和解は、一方で、支部組合員である従業員と控訴人との間の労使関係を肯定しながら、他方で、支部組合員と船井電機との間に雇用関係その他の労使関係があるかどうかにつき、その和解では何ら合意していないから、この和解を根拠に、支部組合員が船井電機の従業員であるとする参加人らの主張は理由がない。
(三) 徳島船井が昭和五四年四月池田とした営業譲渡は有効であり、何ら通謀虚偽表示に当たるものではなく、右営業譲渡を受けた後の控訴人と船井電機との関係は、資本的には池田が株式全部の譲渡を受けており関係がなかったが、経営上でのみ営業譲渡から二年後の昭和五六年四月まで子会社に準じた関係があった。しかし、労使関係上は池田が設立した控訴人と支部組合員を含む従業員との間の雇用関係であって、船井電機と支部組合員を含む従業員との間に雇用関係は存在しないものである。船井電機が控訴人に対し、営業面での親子会社に準ずる関係があっても、そのことから直ちに船井電機と支部組合員を含む従業員との間に雇用関係があるとすることはできない(但し、出向社員を除く。)。
(四) 船井電機は控訴人に対し、前記約定に従い右二年間の営業上の損失三億一八〇〇万円を支払ったものであるが、右の関係は二年後の昭和五六年四月までで修了し、右関係終了後から三年後の昭和五九年四月までは従前の関係上船井電機の協力により発注についてだけ保障されたのにすぎないものであり、その期間経過後には、控訴人は船井電機と経営上の協力関係もなく、独立の経営者として自らの力だけで発注先を開拓し経営していたものである。従って、それからさらに三年後の昭和六二年五月一一日破産宣告を受けた時点では、控訴人代表者としては船井電機と従業員の雇用に関し交渉する何らの手段もなかったが、それにも拘わらず、控訴人代表者が右認定のように船井電機に対し従業員の雇用を求めて交渉すべく努力した。しかし、控訴人は船井電機の関係者とそのことにつき全く会うことさえできなかったものであり、現在では、既に控訴人代表者が船井電機に対し従業員の雇用につき、努力すべき義務は存在しないというべきである。
(五) 破産会社である控訴人の従業員であった参加人ら組合員の退職金の額、支払方法などについては、前記二1説示のとおり破産管財人の権限に属し、参加人らは控訴人会社の破産管財人との間で、本件救済命令と同時に発令された救済命令に従い団体交渉をすることができ、それにより目的が達せられるから、その点を根拠に控訴人代表者にその団体交渉義務があるとすることはできない。
(六) 従って、被控訴人が控訴人代表者に対し、破産廃止申立、解雇撤回等につき誠意をもって参加人ら組合と団体交渉の義務があるとして、発した本件救済命令は裁量権の濫用に当たり違法であり(又、何ら労働組合法七条三号の不当労働行為に当たる事情もない。)、取消を免れない。
四 以上のとおりであるから、控訴人の本訴請求は理由があるので認容すべきところ、これと異なる原判決は相当ではないのでこれを取り消し、控訴人の請求を認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、八九条の規定に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 髙木積夫 裁判官 孕石孟則 裁判官 高橋文仲)